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「大学3年生〜夏休み〜」
夏休みを迎えた私は死んだように、ただひたすら寝た。
昼夜が逆転したことに苛立ちを覚えながらも、ただ私は私の失った心を取り戻したくて、安静にするしかないと思ったんだ。


でも…独りで戦う力など私にはなかった。。
気が狂ったかのように何かを求めた。



そこはまるで深い海の中。
私は深く深く潜り海面を見ようと、微かでも構わない光が差し込む光景を見たかった。

でも私には光を見つけられなかった。
ただ広がる世界は暗く果たして私は海面を見ているのかさえ分からないほど、深いところへ来てしまったんだ。

感じるものは呼吸の出来ない苦しさと体の強張りのみ。



夏休みが終わろうとしていた8月。



私は母と立っていた。




精神科の扉の前に…。
| ◆病気との出会い◆ | 23:56 | comments(1) |
「大学3年〜前期〜」
無事に3年に進級した私の身体は…神経はボロボロだった。
もう、自分の意思さえも貫く事は出来なくなっていたんだ。私は起きる事が出来ない…授業があるのに、起きれずにいた。

父が朝を告げに来る。

「今日は休講だから…」

そう答えるしかなかった。大学生だからといって、勝手な事は出来ない。世話になってうる以上無駄な生活は出来なかった。
授業に行かない事が平気で居られるほど、私は強くなかったんだ。

それでも、一体何日「休講」といった事だろう…。。

試験が近づき、罪悪感と恐怖感、不安感で完全に私は心を失ってしまっていたんだ。
悪魔に取り付かれた私は、ただ無感のまま大学へ行った。
周りの声も聞こえない。ただ、大学で寝ていただけでノートすらとることは出来なくなっていた。

毎日吐き、げっそりして大学に通っていたんだ。
もう…鏡を見るのも怖くなっていた。外が恐ろしく…テレビさえ見れない。

モウロウとしながら、試験を受けた。









私は…
















私の心を失った…
| ◆病気との出会い◆ | 21:38 | comments(2) |
「大学2年生〜後期供繊
この頃になると、もう記憶すらない…とにかく何をしていたのかも、どんな大学生活だったかも覚えてはいない。
きっと早く春休みになるのを待っていただけなのだろう…完全に人を拒絶したんだ。
大学の人も電車の中も、「人=怖い」としか思ってなかった。そしてかつての認識すら甦ったんだ…











           「人は必ず人を裏切る。」







私の心に鋭く固い棘が、張り巡らされ…冷め切った感情へと変化していったのを感じていた。




後期の試験も機械的にこなし…なんの躊躇いも疑問も持たずただ、ロボットのように目の前にある試験を解いて行ったんだ。
ここまで来ると、自分はピエロのようになっていたかもしれない。
いつもノート&プリントを完璧の状態で持ってる私に、別に友達でもない男がたむろって来る…
「私はあんたらに単位をなんで簡単にやらなきゃいけないの?」
ふと、ほんとに一瞬そう思ってしまったんだ。
この頃には社会との関わり、家を出る事さえ拒絶し始めた私の体は毎朝、吐き気に襲われていた…。。
その体を押して出続けた私のノートをタダでもらい、大量にコピーして知らん奴らにまで出回ることに…







私は悪魔になったのかもしれない…







ノートを偽造した。










進級に大きな影響を与える必修の教科のノートを偽造して…あげた。










その先の彼らの行き先は知っていた。











成績発表の日に彼らはいない…かもしれない。









私は、試験を終えて去年と同じ場所でバイトをしたんだ。


淡々と…






母が気づいた。私がロボットのように無感情になってることを…




目は据わり…たまに動かすその目は、





人を見下すような…






まるで人を人としてみてない…





自分にバリアを張った空気を…そう、母の知る私ではなくなっていたんだ。
| ◆病気との出会い◆ | 00:53 | comments(4) |
「大学2年生〜冬休み〜」
バイトで稼いだお金がまだ半分程残っていた。
どうせ彼は居て居ないようなものだから「クリスマス」とかも教会に行って終わり…。何も期待しなくなっていた寂しい私…。。
大学でも疲れ果てて…試験も1月だし…大胆に行くか…そう私のしたことは…












       バイト代でハワイに行こう!!!!


弟が靴屋で当てた「ハワイ旅行券2人分」…きっとさ、みんな当たるんだろうけど、この際良いキッカケかと思って…
弟は学校を休ませて(中2だったし…ヤツは授業聞いてないし…笑)1週間自腹で行っちゃった。
英語が全く話せない2人…でも、ハワイだしどうにかなるさってことで、(親も心配してなかったし)急いで弟のパスポートを作ってハワイへピューン飛行機

(姉ちゃんを信用してない弟はひそかに、英語の教科書を2冊忍ばせてた…それこそ、使わないだろ…たらーっ

アラモアナに、「この木なんの木」の木を観に行き、いろんなところに行ったなぁ…海にも弟は浮いてたけど…私は「女の子の日」に当たり(運なし…)浮いてる弟を観てたら爆睡…みたいなのをして…あっという間に、1週間が過ぎていったの。
期間は12月の頭に行って、15日に帰って来たハズ。。
帰って来た頃には、大学も冬休みにしっかりなってて…周りの人に会わなくていい幸せがあったし、確実に開放感を感じていたんだ。
でも、もう限界はすぐそばまで来ていた…そう、もう私の体は少しのバカンスでは治らないほど、ギリギリなり…
3年に無事に進級したことが、体の悲鳴を誘ったのだと思う…もうすぐ、気づく…














   私の体に取り付いた魔物の存在を…………

| ◆病気との出会い◆ | 22:28 | comments(0) |
「大学2年生〜後期〜」
教習所で自分と向き合う時間が増えていった私。
私は色んな悩みを抱えていたんだ…ってどこか客観的に見れた気がする。
「数学から逃げれない私」「友達じゃないって分かってる私」「彼との関係は良くないことにシッカリ気づいてる私」そして…「人は信じても必ず裏切ると確信した私」…どこも「学生らしくない」感覚…何なんだろ…全然楽しくないし……。。

もっと早く世の中にある「診療科」を調べれば良かった…そう後悔したって、後の祭り。

後期に入って「大学」と「教習所」を行ったり来たり……車にも慣れてきて、公道も走るし楽しくなってきて…それと、自分を見つめる時間がすごく欲しくなっていたのも事実かも…彼からデートの話があっても「教習所だから…」って断ったり…用も無いのに「教習所」に行ったり…。落ち着く場所が外に出来たのがとても幸せだった。

後期にもなると、毎日「数学漬け」。
教習所の無い日は放課後に学食でレポート、教習所のある日はFAXの前で奮闘。。

この頃、新しい友達が出来たんだ。同じ情報専攻だけど、一度の会話をしたことの無かったMちゃん。見かけがとても怖くて…向こうは「daisyの方が怖かった」っていうけど…でもでも、Mちゃん「お水の人」みたいな格好なんだもん…。
その子だけは…なんか分かってくれる気がしたの。数学もすごい淡々とこなすし…。
その子と情報を交換するようになって落ち着いた頃…冬休みになった。


でも……私の中で異変が…


「鏡が見れない」


とても怖いんだ、鏡が………




そう…「鏡を見なくなったんじゃない」




「観れなくなってたんだ」



手探りで髪を結い、化粧もせず……

テレビさえ怖くなっていた。



この苦しい心を開放したかった…




だから、大胆な行動に出たんだ。
| ◆病気との出会い◆ | 15:32 | comments(4) |
「大学2年生〜夏休み〜」
1週間大学を休んだ私はほとんど回復していなかった…それどころか、起きるのが億劫にさえなってきていた。
それでも、授業は進んでいくからこれ以上は休めなかった。2年生終了までに必要単位がなければ3年にはなれない。。
第二外国語を取るために大学へ通った。。そして、トイレにも…。。

夏休みに入り、冬に溜めたバイト代で「車の免許」を取る事にした。街中の教習所に通って「台風・雪」を経験してみたかったから、ギリギリのプランで入ったんだ。
毎日、教習所に行ったりしているうちに、やっぱり体は開放されていってるのが分かった。

彼は部活で仙台から離れているし、会いたくても簡単には会えない関係だし…段々、その関係にも悩み始めていたんだよね…きっと。。
ふと、ひとりになると「このまま交際してていいのかな…」って「都合よく利用されてるだけなんじゃないかな…」って思うようになってたんだ。。

それでも、自分を理解してくれる友達もいなくて…親は弟に付きっ切りだり…独りになりたくなかったんだ…それが怖かったんだ。。
彼とは疑問を持ちつつも関係を続けた………。。

私の中の欝は、確実なものになり…教習所すら休みがちになっていた。
それでも、知らなかったんだ…鬱という病気の存在を…。
| ◆病気との出会い◆ | 23:22 | comments(6) |
『大学2年生〜前期〜』
さや子とお別れして…決意した。
さや子と一緒に、さや子の望んだ学部じゃないけど…登校しようと。。
大切な仲間を守れなかった…私は「何を聞いていたのだろう」そう思った。だから、さや子の年齢から離れずに、私は飛び込むことにした。
何があっても、「教師になる!」と。

1年後期の成績を見て、みんなはカリキュラムを組む。
教職(数学系)の授業が今年も始まった。だけど、指定された教室はやけに小さい。
メンバーが減って行った20人弱になっていた。。

友達が空きコマでも、「私は授業」という日が増えて行ったある日のこと。。

友Y「よくDAISYが出た高校のレベルで、教員目指す気になるよね」
 「意地張ってるのも、終わりにしたら?」

と言われた。「どうして??」そんな話の流れじゃないよね??なんで??
今まで、いろんな言葉を言われたけど、ここまでストレートだったのは初めて。。

確かに、「バカ校出身だけど、やれるんだ」って意地になってたかもしれない。。でも、大学に「どうしようもない」って言われるような成績は取らない努力はしてるつもり。。(カンニングしたけど…)

別の日には、

友Y「あのOO校から、どんな手を使って入ったの?」

と言われたり。。
私は、「学業推薦」でこのT大学に入りたかったんだ。成績はクリアしてたし、担任もそのつもりだったの。でも、間際になって別のクラスの子がT大学を望んだの。成績は私が上。担任は私と親にある話を持ちかけたんだ。
私にしかないもの。それは「キリスト教徒推薦」だった。
私は「嫌だ」と言ったの。でも、担任は言ったの。

「どうやって入ったかが大事じゃないよ。どうやれば希望が叶うかを考えることが大事」って。

私が「キリスト教〜」にずれれば、その子は受かる。私が意地を張れば、人の人生を狂わす…そう、思った。
私は、首を立てに振った。

そして、この「宗教推薦」をずるいと言い出す周り。

友C「楽して大学入れるんだもん、いいね〜」

ってね。
楽はしてない。。私は楽ではなかった。宗教でもそう。
たくさん悩んできた…嫌いにもなった。それが原因でいじめにも合った。
「キリスト教徒推薦」は誰でもがOKではない。大学の基準があって、

「牧師あるいは神父が、教会にて真の教徒であり貢献者であると認める要因を述べた上で、推薦すること」

となっている。何百人と信者さんが居る中で、「この人はよく、尽くしてくれるな」と神父様が感じなければ、いくら学校の成績がよくても、推薦はない。
私は幸い、「聖歌隊」で独唱していたから神父様とお話する機会も多かった。そんな偶然が全てを導いたのであって、私は「楽しよう」とは思ってなかった。

この言葉が、私の中で渦巻き…でも、「ちがうよ」と言っても聞き入れられる余地はなくなっていた。。

またいつしか、私は鋭い視線を感じ、鏡がない生活があり得なくなって着ていた。でも、自分が異常な行動をしているという認識すらなくなっていた。むしろ、当たり前となり無意識に行くようになっていた。。
ちょっと前に行ったことすら、忘れているようになっていた…。別の友達Mが不思議がった…「DAISY、ちょっと変だよ…」と。。

だから、1週間だけ大学を休んだんだ。「疲れてるんだね」と言って…。。

              
                                    つづく…
| ◆病気との出会い◆ | 22:43 | comments(4) |
『大学1年生〜後期(2)〜』
後期に入って、勉強の仕方も大学にも慣れて…高校の頃の部活を手伝うようになった。私は「ハンドベル部」。初めは内申のために入った部活だったけど、すぐに虜になった。
顧問が私と同じ教会に通ってることもあって、相談もしやすかったし快諾した。
依頼があれば演奏しに行く…足りない音をOGが補うということ。。参加するOGの数は8人…それをまとめるのが私。。
将来教師になりたかった私は、後輩の教えるのも楽しかったし、一緒に泣いたり笑ったり…遠征先までは遠足のように楽しかった。。
大学での嫌なことも忘れられたんだ。。
何も、問題はないって思ってた。。話を聞いたり、何度も一緒に演奏したもの…分かり合えてると思ってた。。

私が19になった1月13日…。
後期試験を受けてる真っ最中。。携帯がなった。。後輩の担任をしている彼から。。
お昼ごはんの時間。。こんな時間に電話が来たことなんてない。。
話を聞いて私は凍りついた。

彼「さや子が行方不明になった。DAISY、居場所知らないか…」と。

私は、後輩の「さや子」と一番仲がよかった。成績のことも、部活のことも、悩みはいつも話してた。年賀状で「今年もよろしく!私なりに受験頑張る!」って言ってた。
私は彼に言った。

「学校裏の川に行ってみて」と。

さや子が行くという保障はない。でも、「川」のような気がした。
あそこに「さや子」はいるんじゃないかって思った。。

月日は無常に過ぎ、3月になっていた。
さや子が見つかったと、彼からの電話。。さや子は、あの「川」に居た。冷たくなって。

最後に連絡を取った人は私だった…あの年賀状…。たった一枚だけ「使いたい」といったそうだ。
どうしてあの時、文章に違和感を覚えなかったのか…どうして早く、会ってあげなかったんだろう…。。そう、悔やんだ。。抜け殻になった私は、鬱の波に足を掬われた…。

さや子は、私と同じ「T大学にする」と言ってたんだ。でも、親は公立M大学に行かせたかった…推薦枠はある。。そして、その枠は「さや子」のものになったけど、不本意なさや子。「受けて堕ちれば、親も納得するよ」と言って受験した。でも、難関校だったから予想通り失敗した。
さや子は、「T大学を筆記で受ける」と言ったけど、許してはもらえなかったらしい。。担任もM大の筆記は厳しいからT大学へと、さや子の後押しをしたけれど、親は頑として譲らない。。
板ばさみになった、さや子は、どこにも行かない永遠の国を選んだんだ…。

注意:ここでの「彼」は元彼です…。
| ◆病気との出会い◆ | 22:12 | comments(2) |
『大学1年生〜後期〜』
ちょっと遅めのスタート。。
授業はガンガン進み…前期は「お客様扱い」だったのだと悟った。。
数学系の授業は拍車がかかり、益々未知の世界。。
私への言葉も拍車がかかり、事あるごとに増えていった…救いなのは、本気で教師を目指している子達からは言われないということ。
私達は、センスという次元を超えてしまったのだろう…毎日レポートをしてるうちに、「誰でもいいから閃いてくれ…でないと終わらない」という生活になってしまっていた。
むしろ、みんなが同じラインにいたからだろう…。

ただ、私の学部は例えPCを専攻したくても「数学」が必修になる…教師を目指してもいないのに、やらされる苦痛…そこが原因だったのだろう…はけ口は私に向かった。。
教員を目指すメンバーが始め30人近くいたのに、後期には15人程度に減っていた。。
何とか、しがみつく私…挫折していく仲間…ギクシャクしてきた…。。

トイレには、毎時間通い…段々、授業中も心配になるくらいになっていた。
ストレスからかもしれない、アトピーもひどくなってきて…もう、冷静さが失われつつあった。

冬休みになるころ、「夏休みと同じ生活は嫌だ」と思った。何かが変だと自分でも気づき始めた…。
1月の下旬から短期のバイトをすることに決めた。母も一緒にバイトすることにした。

後期試験。
また、英語。。
今回も前回と同じ手段。。手ごたえがあった。
数学は…「集合と論理」が難しすぎた。。何をさせたいのかも分からない。みんなも同じだったらしく、そろって3年まで受けていた…。
「微積分」は、難なくクリアした。間に合ってなかった勉強も何とか追いつき、問題なく終わった。
プログラミング系も、コツを掴んだのか好きになっていて教えてもらうこともなく、自力で終わらせた。あと1年、やったら必修も終わる。そうしたら、この連れない人達ともお別れできる…。

1月22日。
こんな雪しか降ってないのに「春休み」になった。
卒業アルバムを制作している会社にバイトとして通った。
自給850円。9時〜17時までフルタイムで働いた。決して楽しくはなかったけど、目的があったから…目的があると黙々と働く性格…。3月24日まで働いて、24万円稼いだ。
一度も通帳を触らなかった。このお金は、夏に使うと決めていた。

不規則な生活から脱出したお陰か…トイレの鏡のことなど、すっかり忘れていた。
そんな行動をしていたことすら、忘れていたのかもしれない…好きじゃない仕事だったけど、充実していた。
また、あの言葉の波がやってくるとも知らずに…ただ、充実していた。
| ◆病気との出会い◆ | 01:47 | comments(2) |
『大学1年生〜夏休み〜』
やっと夏休み…

ただ、何もする気にはなれない…高校時代の友達と街には行ったりしたけど、後は全く予定なし。。
…というよりも、予定を入れたくなかったっていうのが正直な気持ちだった気がする。
まだ、自分が「鬱」になってるとは気づかずに、ただただ家にいた。
いつしか昼夜が逆転して…体もダルくなり…何をしていたかも、覚えてない。
とにかく、動きたくない…バイトもあんなにしたかったのに、この山の家から出る事も出来ない…諦めが先に立つ様になった…生きているのかも分からないくらいになっていた。
たまに、教科書をペラペラしてみたり…宿題をやってみたり…。。
そうだ、レポートをしに図書館には通ったなぁ…。。とにかく辛かった…。。

そして、無駄に長い夏休み…さすがに、暇で大学に通いたくもなる。嫌な記憶も調子の良い物で忘れて行くし…足

8月の下旬。。
成績発表があった。12時からだったかな?ただ成績を見に行くだけに2時間…少しバカバカしいなぁ…と思いつつ、オシャレして大学へ。。
一人ずつ担任から(名ばかりの…)渡される。初めてのわりには、良い結果だった。語学系もひとまず後期に繋げられる結果に。
ただ…第二外国語(フランス語)が失格。。来年に繰り越しだぁ…。。
心配の英語は、裏手段(カンニング)のお陰もあり、後期でも頑張れそう。。

また半月9月の中旬まで、お休み…大学の友達と遊ぶわけでもなく…
「みんなは遊んでるの?」と聞いても返事は「NO」。。
何ともつまらない人達…お茶をする気もないらしい…誘っても浮かない返事。。
ストレスばかりが溜まる…学生らしさのカケラすらないのだ…。

テレビの見すぎか…でも、もっと学生らしい穏やかな時間を過ごしてみたかった。
| ◆病気との出会い◆ | 20:41 | comments(4) |


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